わざと、らしい(爆笑)麻生太郎氏が「かん内閣」と執拗に言い間違える深いワケ
さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。話題沸騰「二階劇場」第二幕の幕開けだ。
神速の早業で新政権を作った81歳の男が、次に狙うは政敵排除!
威張りん坊で態度のデカい、あの人が次の生け贄だよ!
〇「かん」が!「かん」が!「やってられんぜ」
顔を歪めて、苦虫を嚙み潰している男がいる。
副総理兼財務相の麻生太郎だ。
このところは日増しに、イライラと焦りが募る。
「菅と二階ごときにここまでやられるとは……」
麻生は感じている。菅(義偉)総理の誕生で閉幕したはずの「二階劇場」の、第二幕が
始まっていることを。そしてそれが、自分を包囲し、徹底的にすり潰そうという、
実にえげつないストーリーであるということを。
菅新政権は、史上第3位という高支持率(74%・日経新聞)を記録し、順調な滑り出しを
見せている。
自民党内の派閥間のバランスを取る古典的な人事をしたにもかかわらず、世論ではとくに
問題視もされず、「安倍政権の続きだから」と、抵抗なく受け入れられた格好だ。
順風満帆、本日も晴天なり。一致団結で仕事に励む新内閣―と言いたいところだが、
そんな中、燻る「火種」となっているのが、麻生の存在だ。
「昨日をもって、『かん内閣』が発足しまして……」
9月17日、菅が自民党総裁選で勝利を収めた翌日、麻生は自派閥の会合で行った挨拶で、
「すが」を「かん」と言い間違えた。
こう感じた人もいるかもしれない。麻生と言えば、「みぞうゆう(未曾有)」
「ふしゅう(踏襲)」など、数々の言い間違い事件のレジェンドとして知られている。
だから「菅」を「かん」と間違えても、麻生なら仕方がなかろう――。
しかし、そんなわけはない。わざと言い間違えたのだ。
麻生は菅と安倍政権で約8年、総理の右腕、左腕という立場で政権を切り盛りしてきた。
その菅の名を、いまさら間違えることなどあり得ないのである。
「麻生さんは表向き、余裕の構えを見せていますが、実は腸が煮えくり返っている。
麻生さんは、今回の政局を読み違えた。二階さんや菅さんを舐めていたからです。
安倍さんから持病のことを真っ先に相談され、主導権を握れたはずなのに、素早く
菅さんを取り込み流れを作った二階さんに動きを封じられ、慌てて追従することしか
できなかった。『こんなはずではなかった』と、すこぶる機嫌が悪い」(麻生派中堅議員)
麻生が腹に据えかねているのは、菅・二階コンビの狡知に長けた人事である。
麻生派は新内閣で麻生本人に加え、河野太郎が行革担当相、井上信治が万博担当相として
入閣し、表面上は厚遇されているように見える。
だが、それはあくまで「表面上」に過ぎない。
「麻生がイラつく要因は、武田良太が総務相で入ったこと。武田は福岡選出で、
地元が同じ麻生にとっては『天敵』として知られている。
事あるごとに自分に盾突く武田を麻生はずっと干してきたが、事もあろうにその
武田を、菅は総務相という目玉の重要閣僚に抜擢した。しかも彼は二階派。
麻生にしてみれば、福岡が二階に乗っ取られそうで、気が気ではないだろう」(自民党閣僚経験者)
武田は、二階派の「若頭」としても知られる。
「二階派では、鷹揚というか茫洋というか、何を考えているか分からないボスの
二階さんに対し、側近の林(幹雄自民党幹事長代理)さんが派内に睨みを利かせる役割。
すると不満も出てくるのですが、それを『まあまあ、俺に任せろ』と宥めて、面倒を
見ているのが親分肌の武田さんなのです」(二階派議員の一人)
〇河野は本当に「抜擢」か
その武田は、麻生を「老害」と見做して衝突も辞さない。昨年4月の福岡県知事選
でも、麻生が元厚労官僚の武内和久を自民党推薦で擁立したのに対し、無所属で出馬した
現職(当時)の小川洋を推したのが武田だった。
結果は、武内=麻生の大敗に終わる。
「小川を推したのは武田の他、宮内秀樹や鳩山二郎ら、二階派の議員だった。この
一件以来、福岡では麻生の求心力が低下して、武田に乗り換える動きが加速している。
もともと麻生は、『安倍の兄貴分』として大きな顔をしてきたが、その神通力がなくなれば、
育ちの良さを鼻にかけた嫌味な奴、と見ている不満分子が息を吹き返してくる」(前出・閣僚経験者)
先日の自民党総裁選で、福岡は麻生のお膝元だというのに党員票が割れて、菅の2票に
対して石破(茂元幹事長)にも1票が入り、分裂状態となった。
福岡では、反麻生の古賀誠(元幹事長)もいまだ隠然たる影響力を持っており、
麻生の足元は急速に揺らぎ始めている。
よりによってそんなさなかに、菅は武田を政権の象徴、中枢とも言える総務相に
抜擢したわけだ。
麻生は派閥会合で、「かん内閣」「かん政権」と一度のみならず、わざわざ二度も
連呼したが、ヤケクソで連呼でもしないともはや腹の虫が収まらないのである。
「だいたい、自派閥の河野太郎が行革担当相に就任したとはいえ、これは『汚れ役』
でもある。
あれは古い、ここはおかしい、と各方面にイチャモンを付けるのが河野の仕事で、
マスコミ受けはするが、基本的にはあちこちと軋轢が生じて恨みを買う仕事だ。
『美味しいポスト』とはとても言えない」(自民党ベテラン議員)
菅は「仕事内閣」を標榜しているため、変人として党内の人望はないが、世間の人気が
高く同じ神奈川選出で親密な河野を一本釣りした。
成功すれば菅内閣の功績になるし、失敗したら「やはり変人はダメだ」と切り捨てれば
いい。だが、派閥の長としての麻生はそうはいかない。
「河野が成功すれば、麻生派は一気に『河野派』へと世代交代が進む。そうなれば、
あたかも『菅派』のようになるだろう。他方、河野が失敗して転べば、麻生派は
自派閥の総裁候補を失うことになる。麻生にとって、今回の人事は自分の
『一丁上がり』感が強まっただけで、なんの旨味もない」(前出・自民党ベテラン議員)
〇うわべだけの「安倍継承」
かん、かん、と連呼しながら、麻生は周囲にこうも愚痴っているという。
「マスコミは(菅を)叩き上げとか言ってるが、あれは安倍や俺に対する当てつけかよ。
だいたい菅も、そんな話で好感度を上げようとか、安倍政権を否定しているような
もんじゃねえか」
残念ながら、それはそうだ。菅は建て前とは裏腹に、安倍・麻生らが幅を利かす
「世襲貴族政治」を否定するために総理となった。最高権力さえ握ってしまえば、
自分を「下々の者」と小バカにしてきた麻生など、優遇する理由はまったくない。
麻生にしてみれば、身から出たサビではある。だからと言って、このまま潰され、
「過去の人」に追いやられてしまうのは我慢がならない。
「麻生さんは、夫人の千賀子さんから、福岡8区を長男の将豊さんに譲って引退したら
どうかと言われているようですが、『ダメだ、まだ俺がやる』と言い張っているそうです。
菅さんと、裏で糸を引いている二階さんにやられたままでは、プライドが許さない
というのでしょう」(麻生派議員の一人)
まだだ、まだ終わらんよ―。麻生は抵抗しているが、すでに、菅と二階が巧妙に隠して
掘った穴に落ちてしまった以上、巻き返しは難しい。
一方、麻生を嵌めた菅は、「安倍政権の継承」という看板と、「デジタル化」などの
改革方針を旗印に、順調な船出に成功した。
ただし、菅が本当に「安倍を継承」しているかと言えば、そうでもない。
「実は、安倍さんは退任にあたって、今井尚哉首相秘書官の留任を強く希望していました。
他の人事は菅さんに任せてもいいが、『今井さんだけは残すように』と。
ところが菅さんは、あっさり今井さんを(内閣官房参与に棚上げして)切り捨てて
しまった」(官邸関係者)
これが菅という男の本質である。
麻生も今井も、これまで菅を見下し、排除しようとしてきたという点で一致している。
自分に屈辱を与えた輩を、菅は決して許さない。
菅の辞書に、「和解」という二文字はない。
自分が弱いうちは愛想笑いで平身低頭し、じっと耐える。
だがその怨念が消えることはなく、立場が逆転した時、
必ず「倍返し」する。菅はそうして、総理の座に辿り着いたのだ。
麻生を潰し、今井を消す。
菅の復讐は始まったばかりなのである。
「菅は就任早々、『桜を見る会』の再調査をしないと宣言した。これに安倍は安堵した。
『桜を見る会』問題を掘り返せば、買収による公選法違反が成立する可能性が
高く、安倍本人が刑事告訴される可能性もあった。そうならないよう、安倍は
『再調査しない』という菅を担ぐことにしたわけだ。
だがこれは、菅から見れば、『人質』を取ったようなもの。もはや
安倍の今後の命運は、菅のさじ加減一つ。
安倍と菅の力関係は完全に逆転している」(自民党幹部の一人)
あわよくばキングメーカーになろうという安倍の動きを封じることは、その
出身派閥である清和研(細田派)98人も制御できるということだ。
菅は無派閥を売りにしてきた。その菅が、今では二階派47人の支持を受け、細田派を
制圧し、自身の「菅グループ」二十数人を含め、約170人の議員集団の上に君臨する
ことになった。
「さらに言えば、竹下派の54人も、二階との関係で、実質的な『菅派』となったに
等しい。合わせて200人以上。
『菅は派閥を持たないから基盤が弱い』などというのは真っ赤な嘘で、とてつもない
強権内閣ができ上がったことに、マスコミもあまり気づいていない」(同)
実際には、その不穏な空気を真っ先に感じ取っているのは、潰しのターゲットに
なっている麻生派の議員たちだ。
麻生派の若手議員の一人がこう漏らす。
「よく二階派を寄せ集めと言いますが、麻生派こそ実はそうで、元は麻生さんが作った
少人数グループに、新人や山東派、谷垣グループ、甘利(明税制調査会長)さんらが
加わってできた派閥です。
麻生さんの求心力で何とかまとまっているだけで、もし麻生さんが力を失って会長を
降りたりすれば、たちまち崩壊する恐れがある。干されることが確実の派閥にいたい
とは、誰も思わないんですよ」
執念深い菅が、麻生の力を削いでいく。やがて麻生派は
バラバラになり、議員の数合わせのための草刈り場になる―。
笑うのは誰かと言えば、この絵を描いた二階俊博幹事長である。
新政権で、二階派は二階本人が幹事長に留任したのみならず、武田が総務相、
平沢勝栄が復興相に就任。側近の林幹雄が幹事長代理と選対委員長代理を兼任し、
今後の選挙は二階一味がすべてを仕切ることになった。空前の大勝利だ。
〇もう誰も止められない
そんな中、内輪の会合で二階が突如として発した言葉に、同派の中堅議員は戦慄した。
「解散総選挙はどうなるのか、という話題になった時に、二階さんが『解散なんて、
年に二度でも三度でもやればいいんだ。そうすりゃ野党はカネがないから圧勝できる』
と言い放ったんです。
みんな笑いましたが、内心では震え上がりましたよ。二階さんがその気になれば、
本当にそうなる。選挙になれば、いまや誰も、二階さんには逆らえない」
これぞ、まさしく二階流である。実際に解散があるのかどうか、そんなことは
どうでもいい。「二階は早期解散に反対している」(別の自民党ベテラン議員)という、
真逆の情報すら流れている。
「あるかも」と思わせるだけでいいのだ。解散総選挙になるかもしれない、と
疑心暗鬼が広がれば、いまや田中角栄をも凌ぐ大幹事長・二階の力は
指数関数的に跳ね上がる。
選挙を恐れる議員たちは、カネと公認権、選挙のすべてを差配する
二階の前に、長蛇の列を成して平伏せざるを得ない。
「安倍政権と菅政権の決定的な違いは、この二階の圧倒的な存在感だ。安倍一強の時は
明らかな『官高党低』で、必ずしも二階がいなくとも成り立つ政権だった。
だが、菅政権は違う。二階がいなければ菅は政権を維持できない。唯一、同格の存在
だった麻生が沈めば、二階を止めることができる者は誰もいなくなる」(前出・自民党幹部)
二階派の中核議員の一人は、こう語った。
「二階劇場の真骨頂は、芝居の緞帳が上がった時、すでに
芝居は終わっているということなんだよ」
菅政権誕生の第一幕に続き、第二幕が始まった。と思ったら、その時点で勝敗は決していた。
「麻生さんが潰される」
誰もがそう気付いた時、麻生はすでに完全に終わっているのだ。
老いた怪物の政界蹂躙は、こうしてどこまでも続いていく。
(文中敬称略)https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75932?
エリート・安倍晋三が「庶民・菅義偉」にハメられ完敗した
全内幕 まるで角栄の「権力奪取劇」のようだった
〇安倍と目も合わせようとしなかった
9月14日午後、グランドプリンスホテル新高輪の大宴会場で開かれた自民党の両院議員総会。
事前の予想通り大差で新総裁に選出された菅義偉は、緊張した面持ちで壇上に上がり、
短い挨拶を行った。
「新総裁に選出をいただきました菅義偉であります。どうぞよろしくお願い申し上げます」
冒頭、会場に向かって頭を下げた菅が、次に口にしたのは首相・安倍晋三への感謝の言葉だった。
「自民党総裁として約8年、総理大臣として7年8カ月にわたって日本のリーダーとして
国家国民のために大変なご尽力をいただきました安倍総理に心から感謝を申し上げます」
だがこう述べた菅は、斜め後ろに座っていた安倍本人を一瞥すらせず、安倍に背を向けたまま
会場に向かって深々と頭を下げた。続いて「一緒に万雷の拍手を安倍総理にお願いします」
と述べると、ようやく体を横に向けて拍手をしたが、その間、互いに目を合わせようともしない
2人の姿に多くの議員が違和感を覚えた。
それもそのはずだ。「安倍政権の継承」を掲げる菅だが、この1年余、水面下で自らに
政権が転がり込んでくるよう安倍の手足を縛り、権謀術数の限りを尽くして、
晴れのこの日を迎えたのだ。
安倍の大叔父である宰相・佐藤栄作は長期政権の幕を閉じるにあたり、首相の座を自分と同じ
高級官僚出身の福田赳夫に継がせたいと考えていたが、結局、叩き上げの田中角栄に権力を
奪取された。今回はその時と全く同じ構図となった。安倍は、自分と同じ政治家三世の
岸田文雄に後を継がせたいと考えながら、結局、叩き上げの菅に政権を簒奪された。
古代ローマ以来、まさに「歴史は繰り返す」のだ。
昨年4月、菅が新元号を発表し、「令和おじさん」として国民的人気を得た頃から、
首相政務秘書官の今井尚哉ら安倍周辺は「菅長官はすっかり舞い上がっている。
安倍首相の任期切れの前に自らへの禅譲を迫りかねない」と警戒し始めた。
新元号の発表自体、安倍が自ら行いたいと考えたのに対し、菅は平成の前例を盾に
「自分が発表する」として譲らなかったという経緯があった。
次に安倍側近たちがいきり立ったのは昨年8月だった。環境相に就任する前の小泉進次郎が、
安倍よりも先に首相官邸の官房長官室を訪れて菅に結婚報告を行い、それとほぼ同時に
発売された月刊文藝春秋には小泉と菅の対談が掲載された。
安倍側近たちは「全ては『菅シナリオ』による出来レースだ。菅は進次郎人気も利用して
政権取りに前のめりになっている」と安倍に警戒するよう進言したものの、当時、安倍は
それを取り合わなかった。だが、退陣表明前のこの数か月というもの、安倍自身が
菅の言動に不信感を募らせていたという。側近たちの懸念は現実のものとなったのだ。
それでは、なぜ安倍は、わざわざ菅の首相就任に道を開く役回りを
演じることになったのか。
そこには、安倍をじわじわと追い込んだ菅の見事なまでの
計略があった。
〇「ライバル潰し」の連続工作
菅は7年余の官房長官在任中、公式、非公式を問わず、「トップの座を目指すつもりはないのか」
と問われると「全く考えていない」と繰り返してきた。菅に近いと言われる政治記者がサシで
問い質しても答えは同様だった。
ただ、多くの永田町関係者に聞いて回ると、過去には唯一の例外があった。それは1996年、
衆院議員に初当選した直後だったという。横浜市議時代から菅をよく知る記者に
「総理を目指しますから」と断言していたというのだ。
「いつかは官邸の主に」との思いを25年近く胸に秘め続けていた菅。それを本気で実行
しようと考え始めたのは、新元号「令和」の発表で国民的人気を獲得した昨春からだ、
というのが関係者の一致した見方だ。
衣の下の鎧がはっきり見えたのが、令和発表の翌月に菅が敢行した訪米だった。
危機管理の要である官房長官が外遊すること自体、極めて異例であるうえ、これまで
外交・防衛分野には全く関心を示してこなかった菅が訪米して副大統領や国務長官と
会談したのだ。しかも、失敗と言われないよう「オール霞が関」に命じ、公式の
日米首脳会談並みの約40人の分厚い体制でサポートさせたことが波紋を呼んだ。
その裏で、菅は「ポスト安倍」のライバルである政調会長の岸田文雄と、その
岸田を推す構えを示していた副総理兼財務相の麻生太郎の力を削ぐための
工作にも余念がなかった。
昨夏の参院選では、岸田の地元である広島選挙区で、自民党2人目の候補として自らの
側近である元法相・河井克行の妻・杏里の擁立を主導。地元県連の猛反発を押し切って、
創価学会やゼネコン等の票を河井に集中させ、岸田派長老である現職を落選させて
岸田に大打撃を与えた。
「岸田潰し」の策略はそれだけではない。岸田派の前会長で今も派閥に影響力を持つ
元幹事長・古賀誠の政治資金集めに協力するなどして古賀を取り込んだ。古賀は
テレビ番組などで「ポスト安倍は岸田でなくてもいい」「菅が望ましい」などと
繰り返し発言し、岸田は求心力を削がれた。
さらに遡れば、前回2018年の自民党総裁選の前には、最後まで立候補するかどうか
迷っていた岸田に苛立っていた安倍に対し、「岸田さんには立候補してもらったほうが
いいのでは」と進言。安倍と岸田の離反を促してもいた。
一方、昨春行われた麻生の地元の福岡県知事選では、麻生と不仲の現職知事を
古賀と連携して裏で支援し、麻生が擁立した自民党推薦の新人を大敗させて
麻生に打撃を与えた。
〇「次は菅ちゃんでも」
「ポスト安倍」を巡る安倍と菅の思惑の違いが決定的になったのが、昨年9月の
内閣改造・党役員人事だった。
岸田を次期首相に押し上げたい安倍は、幹事長を二階俊博から岸田に交代させる
つもりだった。これに対して菅は「二階さんを幹事長から外せば党内をまとめる
ことはできない」と強く反対。結局、安倍は、菅―二階連合の圧力に屈して
「岸田幹事長」を断念した。
この一件を明確なきっかけとして、安倍は菅と二階が一体であることを強く
認識し、脅威と感じるようになった。
閣僚人事も菅の意向が色濃く反映されたものになった。菅は最側近である菅原一秀を
経産相に、菅を囲む中堅議員らの会を主宰する河井克行を法相に押し込んだ上、
「菅派」であることを隠さなくなった小泉進次郎を環境相に就任させた。
党内からは「事実上の菅内閣ではないか」との声も上がった。
安倍が「次の総理は菅ちゃんでもいい」と周囲に漏らし始めたのがこの頃だった。
「(妻の)昭恵がしきりに『次は菅さんがいい』と言うんだよね。森友学園の
問題の時も、助けてくれたのは菅さんだったんだからと言うんだ」との言葉を
聞いた関係者は少なくない。
これについて安倍側近は、「安倍総理は一貫して『後継は岸田に』と考えてきたが、
菅がそれに強く反対し、幹事長の二階と連携して人事に介入してくるようになったため、
菅を脅威と感じ始めていた。それゆえ、本人の耳に入るように敢えて『菅後継』を
口にして、菅をなだめようとしたのではないか」と語る。つまり安倍は、昨夏の段階では、
本気で「菅後継」を考えていたわけではなく、まだ岸田を諦めてはいなかったのだ。
昨年10月以降、安倍周辺の「菅脅威論」はしばらく影を潜める。9月の内閣改造から
程なくして、菅が閣僚に押し込んだ菅原と河井に相次いで不祥事が発覚して引責辞任。
それをきっかけに菅の求心力が衰えたからだった。
安倍自身が菅を本物の脅威と感じ始めたのは、今年の3月以降だ。
安倍が陣頭指揮を執った一連の新型コロナ対策が国民に不評だった上、
「官邸の守護神」とも呼ばれた東京高検検事長の黒川弘務を強引な定年延長で
検事総長に就けようとして批判を受けたことが重なり、内閣支持率が急落した
中でのことだった。
以前から菅を警戒していた政務秘書官の今井は、全国一斉休校や全世帯マスク配布など、
一連の新型コロナ対策を首相秘書官室の主導で行った。菅は後から報告を受けるという
ケースが相次いだのだ。
このとき菅は「全国一斉休校はやりすぎだ」と珍しく周囲に不満を漏らしただけではない。
「一斉休校が決定したことを、首相が発表する当日の午後になってから聞かされた」と
国会の場で明らかにした。
過去にも安倍と菅の意見が対立する局面は幾度もあったが、菅がその内情までも
明かすことはなかった。不満を強めていた菅は、内情を暴露することで
あからさまに安倍をけん制したのだ。
そして、大きな転機が4月中旬に訪れた。新型コロナ対策として「一定額以上の減収世帯
への30万円給付」を主導した政調会長の岸田に対し、幹事長の二階が
公明党を巻き込んで、閣議決定まで終わっていた予算案を
撤回させるという前代未聞の荒業を見せつけた。
当初の案は、安倍が振り付けて「岸田主導」を演出したものだった。それが全面撤回を
余儀なくされたことで、岸田の面目が丸つぶれになっただけではない。
安倍自身が当事者能力を失っていることを
白日の下に晒すことになったのだ。
表面的には、公明党代表の山口那津男が安倍に強く迫って予算案を撤回させた形に
なったが、二階が公明党に同調しなければ実現しなかったことは明らかだ。
菅は、創価学会で選挙対策を一手に担う副会長の佐藤浩と極めて親密な関係を築いている。
この「事件」も、当初案に学会員から強い不満が噴出していることを聞きつけた菅が、
二階にその情報を吹き込んだことが発端だと考えれば合点がいく。
〇疑心暗鬼に陥った
安倍を「菅支持」へと追い込む決定打が、「菅・二階連合が石破擁立」
との「フェイク情報」だった。
安倍が「30万円給付」の閣議決定撤回に追い込まれた4月頃から、菅は親しい永田町
関係者に、「ポスト安倍の総裁選で、石破を担ぐことも有力な選択肢」との考えを
示すようになる。
それに先立つ1月末には、菅が石破派会長代行の元農水相・山本有二とホテルで会食。
その席で、山本から次の総裁選で石破を支援するよう要請を受けた菅は
「任期が終わるまでは安倍さんを支えます」と支援に含みを残す返事をした。
この会食の内容を報じる記事が朝日新聞に掲載されたのは、ひと月以上が経った3月半ばの
ことだった。これをきっかけに「菅が石破を担ぐ」との噂が流れ始め、菅自身も親しい
記者らにその可能性を自ら語るようになった。これも、安倍の耳に入ることを前提に
菅が意図的に漏らしていたのだ。
そもそも、安倍が石破を毛嫌いしていることを熟知していながら、石破側近の
山本と秘密裏に会食していたのだ。菅は当初から、山本との会談の事実が安倍に
漏れ伝わることを前提にしていたのだろう。
「菅氏をあまり追い詰めると、秋の内閣改造で閣外に出て、二階幹事長と一緒に
石破支援に回る恐れがある」。この頃、周囲がこう安倍に進言すると、安倍は
「分かっている。最近は菅ちゃんと話をする機会を増やしている」と応じた。
菅の思惑通り、菅と石破の接近情報は安倍の耳に入り、安倍は疑心暗鬼に陥っていた。
5月の大型連休明けには、「石破首相―小池百合子官房長官―菅幹事長で話がまとまっている」
との怪情報も永田町を駆け巡った。発信源は、国対委員長の森山裕とも、森山が所属する
石原派の前会長・山﨑拓とも言われた。
〇「石破支持」という「見せ球」
6月に入ると「菅後継」に向けた安倍包囲網はほぼ完成する。
まずは二階だ。6月8日、石破から9月に予定している派閥の資金パーティーの講師を
頼まれるとその場で快諾。その上で石破を「さらに高みを目指して欲しい期待の星の
一人だ」と持ち上げたのだ。永田町に波紋が広がり、マスコミは
「二階幹事長は石破氏を担ぐことも選択肢に入れている」などと書き立てた。
だが、これは二階一流の「見せ球」だった。総裁選で菅が選出された直後、二階側近は
「幹事長には石破を担ぐ選択肢など初めからなかった」と記者団に打ち明けている。
一方、ほぼ同時期に菅は、自らの秘書官に「一度すべての役職から降りたほうがいいと
思っている」と秋の内閣改造を機に官房長官を退任する考えを漏らした。その傍ら、
閣外に出るべきだと勧める親しい永田町関係者には「私には安倍内閣を作った
『製造物責任』があるからなあ」と退任を迷っているかのような言葉も吐いている。
これらの言葉は報道されることはなかったが、安倍の耳には届き、「菅は二階と連携して
本当に石破を担ぐのか」と疑心暗鬼にさせる効果を十分すぎるほどもたらした。
この一連の情報戦は、二階と菅の見事な連係プレーだった。コロナ禍で多くの国民が
苦しんでいる中、菅は権力奪取に向けたゲームに精力を傾けていたのだ。
〇麻生、なすすべなし
こうした中、安倍は6月だけで8回も麻生太郎と会談した。政権が窮地に追い込まれた時、
安倍は必ず麻生に相談を持ち掛ける。
ともに首相経験者を祖父に持つ政界エリートとして、2人は深い信頼関係にある。
かつて森友・加計学園問題で安倍が窮地に立たされた際、「麻生氏は首相再登板を狙い、
裏で安倍政権の足を引っ張っている」との情報が側近たちから寄せられたが、
安倍は「麻生さんは後ろから鉄砲を撃つようなマネは絶対にしない」と語り、
その信頼は全く揺るがなかった。
一連の会談の話題は、支持率低下で求心力が失われた政権の立て直しと「ポスト安倍」だった。
後者に関しては、2人とも岸田の支持率が全く上がらないことに苛立っていた。
この頃、各種世論調査の「次の首相にふさわしい政治家」で、環境相・小泉進次郎の
人気が下がるのと反比例するかのように石破支持がさらに増加。一方の岸田は、
政調会長として新型コロナ対策で脚光を浴びるはずが逆に深い傷を負い、支持は低迷
したままで、石破に4倍もの差を付けられていた。
このまま岸田を担いで総裁選に臨んでも、菅・二階連合が石破を担ぐ動きを見せる中、
安倍が実質的に掌握する細田派と麻生派の両方から一定の
造反者が出れば、石破に敗北するかもしれないとの現実が
2人に重くのしかかっていた。しかも派閥が空中分解すれば、
2人とも今の役職を離れた途端に「過去の人」となる。
実際、細田派でも麻生派でも、岸田を担ぐことへの疑問の声は少なくなかった。
麻生と会談を重ねる安倍は、この時点ですでに「このままでは石破が本当に次期
首相になりかねない」「それを阻止するためには、菅という選択肢
しかない」と本気で考え始めていた。だが麻生は「菅後継」には同意しなかった。
この7年余、消費税率引き上げや衆院選の時期などを巡り、菅と対立してきたから
だけではない。先述したように、菅は麻生の地元の福岡でも、裏で足を引っ張ってきた
のだ。容易に許せる相手ではなかった。
その麻生の望みは、党則を再び改正して安倍を来年以降も続投させることだった。
そのため、麻生は安倍に対し、早期に解散・総選挙を行うことで局面打開を図るよう
繰り返し進言し、安倍も「やれるときにはやる」と応じていた。
だが、衆院解散による巻き返しは「絵に描いた餅」だった。内閣支持率は不支持が
支持を大きく上回ったままで反転材料はなく、新型コロナも収束する見通しは
立たない。何より、安倍に解散するだけの気力が失われかけていた。
2人が何度会っても結論は出ないままだった。
この時期、安倍は初当選以来の盟友である少子化担当相・衛藤晟一とも、何度か政権の
立て直しについて協議した。2人は「現状では、今秋に解散すれば大敗北しかねない」
との見方で一致していた。衛藤はまず、維新と国民民主党を連立政権に引き込む
「疑似大連立」で局面転換を図るべきだと進言したが、安倍は力なく相槌を打つだけだった。
一方、菅は早期解散を警戒していた。既に風前の灯火となっていた「岸田首相」だったが、
安倍が解散して単独過半数を獲得すれば安倍の求心力が回復し、同時に岸田も復活する
可能性が出てくるからだ。
それゆえ菅は、7月にTBSのCS番組の収録で今秋の解散の可能性について問われると
「新型コロナの問題がこのような状況では難しい」と明確に否定。その後も同様の発言を
繰り返した。
解散は首相の専権事項であり、官房長官といえども言及しないことが永田町の暗黙のルールだ。
今井ら安倍側近たちは「何様のつもりだ。菅は総理の解散権を縛るのか」と憤った。
〇「菅後継」を安倍が決めた瞬間
7月に入り、安倍の体調に異変が生じる。持病の潰瘍性大腸炎の再発だった。すでに
菅・二階連合によって追い詰められていた安倍は、体力
だけでなく気力をも喪失し、最終的に「菅を後継にせざる
を得ない」との考えを固めた。
内閣支持率に回復の兆しは見えず、解散総選挙のチャンスが巡ってくる見通しは立たなかった。
八方塞がりとなった安倍に、もはや選択肢は残されていなかった。
そもそも岸田の擁立構想は、かつて第1次政権の際、真っ先に退陣要求を安倍に突きつけ、
第2次政権発足後も安倍の政権運営にケチをつけ続けた石破の総裁就任を阻止するための
ものだった。それなのに、岸田を担いで石破に負ければ元も子もない。
それに石破政権が誕生すれば、「桜を見る会」をはじめとする
政権のスキャンダルが蒸し返される恐れもある。石破政権を
何としても阻止するには、自分も菅に乗るしかない
――安倍は一人でそう決断した。
7月後半、安倍は官邸で菅とサシで向き合った。「本当にやる気であれば応援します」
と安倍が言うと、菅は「お願いします」と即答した。
政治エリートの安倍が、叩き上げの菅・二階
連合に膝を屈した瞬間だった。
そもそも今回の政局は、いずれも祖父の代から国会議員という政界エリート家庭の出
である「安倍・麻生・岸田」と、地方議員からの叩き上げの「菅・二階・森山」の
対決だった。叩き上げの議員が減った今の政界で「政局偏差値」が突出して高い3人の
「叩き上げ連合」に、名家の出で人がいい3人が敗れるのは、必然だったのかもしれない。
〇「岸田は温存すればいい」
菅政権は本人も驚く高支持率でスタートした。だが、不本意ながら「菅支持」へと追い
込まれた安倍や麻生に、本気で菅を支えようという気構えなどあろうはずがない。
岸田が石破を3倍以上も上回る議員票を獲得したのは、「菅支持」のはずの細田派や麻生派
から20~30票が上積みされたからだ。最も熱心に岸田票の上積みに心を砕いたのは、
安倍の本心を汲んで動いた元首相の森喜朗だった。
総裁選の告示前、「総理の本心は岸田さんだと皆分かっています。総理が岸田支援の
『天の声』を出してくれれば、岸田でまとめます」と安倍に迫った細田派の幹部に対し、
安倍は「どのみち次の政権は短命になる。岸田さんは『次の次』に温存して
おく方がいい」と返した。
負け惜しみとも受け取れる言葉だが、安倍が菅を長く首相の
座に留めたくはないという意思表示とも受け取れる。
かつて菅は自ら「私には国家観というものがない。しょせん地方議員上がりですから、
安倍さんとは違いますよ」と周辺に語っていた。安倍や麻生には、そもそもそうした男が
この国の舵取りを担うことへの嫌悪もあるのだろう。
権謀術数の限りを尽くして権力の座を得た菅の周囲には、怨嗟が渦を巻いていることは
間違いない。果たして菅は、それを乗り越えて本格政権を打ち立てることができるのか。
その答えが出るのは、それほど先の話ではない。
(文中敬称略)https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76039
2020年9月。こうしてシンゾーは
菅ちゃんと二階の新政権の贄に捧げられた。
あまりにも露骨に石破を毛嫌いしていたら。
よりによって菅と二階を引き込んでしまった。
シンゾーちゃんの政治家生命の生殺与奪権は
今、菅ちゃんと二階がガッチリ握っている。
麻生の政治生命は、風前の灯火だろう。
単純に「石破と二階の二択」だったとしたら。
果たしてどちらがよかったのだろうか?
私は「ケンポーカイセーと鳴く九官鳥がいなくなってサッパリ
している」が(大爆笑)
菅ちゃんも二階も、触れなきゃノータッチでもいい政策だろうし(棒読)
エセウヨ愛国カルト、シンゾー真理教の皆様方は、
今どんな気分なの?(失笑..)
シンゾーの敵は、思った通り獅子身中にいた(失笑..)
二階は勿論だったが。やっぱり菅ちゃんも「麻生憎し」からシンゾーの敵だったね♪
とりあえず。
シンゾー。麻生。あとシンキロウの影響力が
根こそぎ奪われそうなのは、日本にとっては僥倖だろう。
菅ちゃん二階はその後でいい。
時の権力者シンゾーちゃんがゲル大嫌いで冷や飯を食わせ続けたのが桶、ということは。
今の権力者すがちゃんが麻生と岸田嫌いだから冷や飯を食わせ続けてもいい
(場合によってはシンゾーもスケープゴートにプラス)よね?
の『ご飯論法』。(ご飯論法、そういう意味でない?)